第1回大会ならではの「事情」
「アメリカ戦での誤審があって、悔しい思いをして。それが救われたから、喜びが爆発したところもあったと思います」
みんなが騒いでいたから、ホテルのあたりは地響きしていたんじゃないかな。
そんなことを言って、辻は笑う。
だが急に真顔になって、こう続けた。
「あれはやっぱり、日本が強かったんだと思うんですよね」
1勝2敗。
自力ではない突破。
それでも辻は「日本がアメリカより強かった」と繰り返す。
「勝敗にはいろんな要素が絡むし、いろんな見方もされるけど、紙一重の差こそが本当の力だと思います」
たとえば、去年のオリックスです、と辻は言う。
「パ・リーグでは、ソフトバンクのほうがあと一歩で優勝というところまでいったけど、最後ライオンズとロッテに連敗した。勝ち、負け、引き分け数すべてで並んで、直接対決の成績でオリックスが上回った」
「まさに紙一重。でもオリックスは、ひとつひとつのアウトをきちんと取れる形も、ここというときに1点をもぎ取る形も持っていた。だから、日本シリーズでもヤクルトと接戦続きだったけど優勝して、終わってみれば『オリックスは強かった』になりましたよね」
あのときのWBC日本代表もそうだった。
守備では、丁寧にひとつひとつアウトを重ねる。
攻撃では、わずかなスキをついてひとつでも先の塁へ。
そういったあたりを、どの対戦国よりも突き詰めてやっていた。
それができる選手をそろえてもいた。そこについては、自負があった。
「ほかの国は、1点をやれない場面でも内外野が深く守っていたりした。なんでこんな守り方するのかな?って内心ずっと思っていました」
これなら本塁突っ込めちゃうから、思い切っていこう。
走者とそんなやり取りを何度もしたのを覚えている。大会を通じて、日本は判断のいい走塁で相手に失点を強い続けた。
スキなく、綿密に。
それは、あのアメリカ戦でのタッチアップの場面にもあらわれていた。
辻が説明した西岡のスタートの形から見て取れるのは、誤審の可能性だけではない。
つま先が最後までベースに触れ続ける分、スタートの加速動作そのものを早く始められる。
その差はコンマ何秒かもしれない。
だがそんなディテールが、最後に勝負を分ける。
失点率の差、わずか0.01。
だが、それこそがチームとしての力の差なのだと、辻は考えている。
細部に宿った神の力。
それは、デービッドソン氏のようなジャッジを持ってしても崩されることのない、揺るがぬ力だ。
あれから17年。
日本は圧倒的な力を見せつけながら、準々決勝に進出してきた。
大谷、ダルビッシュらを擁し、史上最強との呼び声も高い。
だが、この先大会が大詰めになれば、本当の意味での「チーム力」が問われることになる。
経験も踏まえて、辻はそう考える。
ひとつのアウトをどう取るか。
1点をどうもぎとるか。
「最後に勝負を分けるのは、そういうあたりなのだと思います」